『表題を見られたときに、「幸福」という文字がわざわざ「 」(カッコ)でくくられていることに気がつかれただろうか。人間の幸福ということは難しいことだ。
何が真の幸福かは暫くおくとしても、一般的な意味において、「幸福」を手に入れたい人は、何らかの断念が要るのではなかろうか。
この問題をますます難しくするのは、これに他人の「幸福」がからんでくることである。「これでよかったのだ」と言うときに、それが他人の「幸福」を犠牲にしてもいいのかという疑問が残る。
他人の「幸福」のために何らかの断念を行なったという人は、あんがいにある。それは時に美談にさえなる。誇りにしている人もある。それは確かにそうだとは思うものの、あまり自慢を聞かされたりすると、今度は逆の気持ちが起こってくる。
この人は「これでよかったのだ」と自ら言えるような人生を生きることが怖いので、うまい弁解を見つけるために、他人の「幸福」などという看板を借りてきているのではないか、と思ったりもする。
毎度のことながら、ここにも正しい答などはない。各人は己の器量と相談しながら、自分の生き方を創造してゆくより仕方がない。
「幸福」は大切なことながら、人生の究極の目標にするのはどうかと思う、というところだろう。
断念せずに突き進むのもひとつの生き方である。そのときは、「これでよかった」と言えるにしても、自分や他人の「幸福」を破壊することがあるかもしれぬという覚悟は必要である。
覚悟もなしに自分のやりたいことをやって、「幸福」が手に入らぬと嘆いている人は、「全面降伏」の人生ということになろう。
━︎━︎━︎━︎ p222 「幸福」になるためには断念が必要である━︎━︎━︎━︎ より抜粋
「こころの処方箋」河合隼雄著/1998年刊/新潮社/241ページ/490円+税
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