今回は夫婦生活でお悩みのクライエントCさんのお話をご紹介します(了承済)
「私の主人は仕事依存でいつも帰りが遅く0時を過ぎることもザラです。私たちには子どもが二人いて、恥ずかしいんですがデキ婚でした。主人とは職場結婚で、最初は“頼れる上司”っていう印象で結構イケメンで(笑)背も高くなんとなく目がさみしそうな感じがして、今思えば私が一目惚れだったんだなって言う気がします。最初の1年くらいはすごく優しくて、こんな男の人が世の中にいるんだろうかって疑いたくなるくらいに大事にされたのを覚えています。すごく幸せで・・・・そうこうしているうちに長男ができて結婚することになり、私は家庭に入りました。彼の希望だったんです。私は私なりに仕事がんばってたから本当は辞めたくなかったんですけど、仕事に打ち込んでる主人を支えて上げられるのは私しかいないって自分に言い聞かせて専業主婦になりました。そして長男が生まれ2年おいて長女ができて私は毎日“自分”のことなんかに構ってるヒマなんてない生活を送り続けていました。今振り返ればそれがイケなかったんですけど・・・・それから7年経って育児が少しずつ落ちついてきたときに、ハッと気づいたことがあったんです。主人の帰りが遅いって。子どもが小さかったころは、もう本当に私は毎日必死で朝起きたと思ったら次の瞬間には夜になってるなんて日々で、主人に意識を向ける余裕なんて一切なかったんです。今にして思えば、だんだん主人の帰宅が遅くなっていっていて、私たち夫婦の会話がほとんどなくなっていることに気がついたんです。でも認めたくなかった。だって私は私なりに毎日必死でしたから主人がまさか浮気してるだなんて思わないじゃないですか。ごくたまに帰宅が早くて晩ごはんに付き合うことができても、会話ないんですよ。沈黙っていうんですかね、私もなにを話せばいいかわからなくて、でも頭の中では主人にいっぱい話してるんです。それは主に不満や愚痴なんですけど、彼はまったく私の顔も見ようともせずにテレビを観たりスマホを気にしたりしてたんです。あの時私が偶然スマホに表示されたLINEのメッセージを目にしなければ・・・・本当にこんな苦しい思いを毎日することなく、無関心で過ごしていられたのにって・・・・彼はまったく育児に参加してくれませんでした。今もです。子どもを一度もお風呂に入れてくれたことはなく、子どもたちに全然興味がないように見えるんですよね。それも腹が立ちますし・・・・どうして?どうしてって思うんです。もしかしたら浮気はもう何年も前から始まっていて、帰りが遅いのは浮気相手と過ごしてるから?でもそのクセ主人はそんな様子はまったく出さず仕事が忙しいとしか言いませんし・・・・だけどあのLINEが・・・・いや、私にしてみれば家事や育児をすることで主人を支え続けてきた自負がありますし、こんなに必死になってやってきた自分がなんか惨めっていうか、いや、何が悪かったの?どうして私だけがこんなつらい思いしなきゃいけないの?アンタは好き勝手に他の女のところで遊んで何事もなかったかのように帰ってきて、また出ていく・・・・私は体の良い家政婦か何か?それともアンタのお母さんなの?って言いたいことは山ほどあるのに、いつも帰りは遅いし話しかけようとしても私のこと無視するし、1年に1回くらいカラダを求めてきますけど、私はゾッとして怒りで吐きそうになって私はアンタの性のはけ口じゃないってお腹のなかが煮えたぎってくるみたいになるんですけど一応演技しちゃって・・・・終わったあとになんか情けなくなってきちゃって泣けてきて、私なにやってんだろ?って思って・・・・だけどどうすることもできなくて、自分がないような、もう消えてなくなりたいって思うっていうか・・・・気がつけば体重が10キロくらい落ちていて、お酒が止められなくなっていました。もうどうすればいいのかわかりません」
10キロもおやせになったのですか・・・・
「あっ、はい。だけど主人は私がこんなになっても何も言わないんです。健康だけが取り柄だった私が、10キロやせちゃった・・・・先生、私って病んでるんですかね?なんかおかしいのかな・・・・子ども達は以前より手がかからなくなってきているから、日中は割と時間があるはずなんですけど、なんかやる気がでないんですよね・・・・なんていうか、自分のなかが“からっぽ”っていうか、何もないっていうか・・・・最近は特に頭があまり働かないから今イチよくわからないんですけど、主人がまったく私に対して興味がないんだなってことはハッキリしていて・・・・(突然泣く)なんで?なんで私ばっかりつらい思いしなきゃいけないの・・・・」
大丈夫ですか?Cさん
ティッシュで顔を覆っている。約3分ほど沈黙。
「(鼻をかんで)わ、私がいくら主人に尽くしても、主人は何も返してくれないんです。うん、しか言わないんです。私に限らず普通は何かしてもらったら“ありがとう”とか自分ができなかったら“ごめんね”とか言うじゃないですか。だけど、主人は一切、本当に一切何の反応もないんです。してもらって当たり前、やってあって当然っていう態度で、まるでホテルかになかに泊まってる客みたいなんです。一度聞こえるように“客か”ってつぶやいたんですけどテレビ観てました。・・・・ああ・・・・ホントどうしてこんなことになっちゃったんだろう?最初は私、今度こそ絶対幸せになれるって思ってたのに・・・・今度の彼は、絶対に私のこと幸せにしてくれるって思ってたのに・・・・一度だけ結婚前に“君のこと必ず幸せにするよ”って言ってくれて、私ホワ~ってなったのに・・・・今は・・・・なにもない。何にもないんです先生。私このままおかしくなっちゃうんでしょうか?」
Cさんは、今、ご主人のお帰りが遅いことを気にされているのですね。
「違います!そんなことはどうでもいいんです!!主人は裏切ったんです!!嘘つきです!私と子どものことをないがしろにして自分は何の責任も負ってないんです!!こんなことが許されますか?だって私のこと幸せにしてくれるって結婚する前に約束したんですよ?おかしくないですか?結婚ってそんなもんなんですかね?約束って大事じゃないんですか?破っても平気でいられるんですか?平然と人の人生狂わせて自分は好き勝手やって、私はなんかゴミ箱みたいな扱いで・・・・もう!もう!もう!腹が立って仕方ないです!!だって私にだって夢あったんですよ?女だから夢は諦めて家庭に入って旦那の世話しなきゃいけないって誰が決めたんですか?そんなのおかし過ぎませんか?こんなに私が尽くしてるのにアイツは何もしてくれないんですよ!?頭オカシイと思いますよ。尽くして尽くして7年経ってみたら、私には何も残ってなくて、自分はカラっぽになって痩せてこのままひからびて死んでいくんですか!?・・・・そんなの・・・・そんなのおかしすぎます・・・・まるで父みたい・・・・」
お父様、ですか。
「父・・・・あ~ヤダ、こんな話するつもりじゃなかったのに・・・・父の話しなきゃいけないですか?」
Cさんの好きなようにお話ください。話したくないことは話さなくて大丈夫です。
「・・・・」
約5分沈黙。視線をカウンセラーから外し、天井なのかカーテンなのか宙をみつめているようで時折、表情が険しくなったり少し笑みのような緩みが見受けられたりタメ息をついたりしている。
「そうですよね。この話をしないときっと前に進めないんですよね、私。・・・・そうなんです、私、・・・・父にイタズラされてたんです。・・・・父っていっても義理の父なんです。本当の父は私が3歳のころ亡くなってしまっていて覚えてないんです。でもアイツは、・・・・アイツのことは、憎んでも恨んでもキリがないんです・・・・殺してやりたいくらい憎んでます。ずっとずっと今まで生きてきて、誰にも話したことないんです。母にもです。っていうか、母はわかってたんです。でも私をいけにえにしたんです。私には意味がわからなかった。どうして助けてくれないのか・・・・みて見ぬフリをし続けて、結局、私が高校から寮生活をするようになったんで、実家を出れたからこのことは終わりましたけど。でも、実家に帰るのが苦痛で苦痛でたまらなかったんですね。盆正月とかもう本当無理で、アイツと同じ空気吸わなきゃいけなくて、何事もなかったかのようにしてなきゃいけなくて、私ひとりが我慢を強いられてて、なんで?なんで?なんでこんなおかしいことが許されるの?コイツら頭おかしいんじゃないの?ってずつとずっと今でも思ってます。」
そうなのですね・・・・よくお話してくださいましたねCさん。今、お気持ちは大丈夫ですか?
「・・・・大丈夫、・・・・じゃないです。ああ、・・・・話ちゃった・・・・ずっとずっと言えなかったんです。私の大事な秘密だった・・・・ああ・・・・なんだろ?今思ったのは、もしかしたら私もアイツらと同じで、頭オカシクなっちゃったのかな?」
今回は、母親に苦しめられていると訴えられていた、元クライエントFさんのカウンセリングをご紹介いたします(了承済)。「母親に自分の人生を潰された」と言われ、恨んでも恨みきれないと仰っていました。
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お母様のことを恨んでいらっしゃる、と
「はい。私は母に人生を潰されました」
潰された・・・・
「恨んでも恨みきれません」
恨みきれない、とお思いなのですね・・・・
「はい」
(表情はこわばり背筋がピンと伸び、両手を膝の上に置き右手を左手にそっとかぶせている。首元からスッと伸びた首筋には丸首で白のワンピースが少し不自然なくらいに映えていて、薄黄色のパステルカラーのカーディガンを羽織っている。季節は初夏である。透き通るような肌はやつれ、瞳は熟れたマンゴーのようでもある)。
恨み・・・・
「・・・・」
約6分の沈黙。その間Clは背筋を伸ばしたままで肘から先だけを動かし供されたティーカップに手を伸ばしたが止めた。
「・・・・どうやったら母を殺せるか考えているんですよ」
・・・・
「あの人は、万死に値するんです。私には姉がいたのですが、今は病院にいます。母のせいなのです」
お姉様は入院なさっているのですね
「いえ。違います。病院にいるんです。母のせいで病院に住まなければならなくなったのです」
ごめんなさい、入院ではなく「いらっしゃる」のですね。それはお住まいになっていると・・・・
「そうです。よく聞いてくださいね。母もそうやって私の話をいい加減に聞くから子どもである私や姉がつらく苦しい思いをしなければならないのです。人の話を聞くときは、誠実に真摯に襟元正して聞かなければなりません。村上さんのような方であれば、それくらいの人としての基本はできていると思っていましたが、少し失望しました」
申し訳ございません。Fさんに失望したと仰っていただくような受け答えをしてしまいました。お詫びいたします。
「そうですよ。それくらいの、せめて言葉だけででも人に対して誠実さを表すような態度でなければなりません。まっ、どうせ時間が経てばその取り繕った表面的な誠実さのようなものは剥がされるのですけれど」
・・・・
「で、私は何を村上さんにお話すればいいのですか?」
ご質問ありがとうございます。この時間はFさんのために用意された時間ですから、何でもお好きなようにご自由にお話ください。私には守秘義務がございますので他所に漏れることはございません。どうぞご安心ください。
「あなたのことをどうやって信用すればいいというのですか?」
信用
「そうですよ、信用です。自分が胸に秘めた積年の思いを打ち明けるには、相手に対する信用が必要でしょう?それが今日初めて会ったあなたに話すだなんて、とてもじゃないけどできません」
そうですよね。Fさんが仰る通り積年の思いをお話いただくには、私との間に信用が必要ですね
「そうですよ。当然ではありませんか。そんな常識を繰り返されても私困ります。カウンセリングだからと言って、私が話さなければならないという決まりはないのでしょう?それを、さも話すのが当然だという態度で臨まれても困惑します。どうにかならないのですかそのいかにも聴きますっていう態度」
ご不快な思いをされているようでしたら申し訳ございません。誠心誠意、Fさんのお話をお伺いさせて頂きたいと思っております
「だ、か、ら~!私はひと言も不快だなんて言っていないじゃないですか。そんな言い方されたらまるで私が悪者みたいじゃないですか。そんなに私を病人にしたいのですか?」
とんでもないことです。Fさんは悪者でも病人でもありません
「じゃあ一体私は何者なんですか?」
・・・・
「答えてください」
・・・・
「ほら、黙る。そうやって困ったら大人はみんな黙るんでしょ。そうやって物事の本質を見極めようとはしないで、うやむやにして、弱い立場の人間がいつも泣き寝入りしなければならないのよ。あなたも同じなんでしょ?またそうやって私のことをないがしろにしようとするのでしょう?」
ないがしろにだなんていたしません
「しているじゃない。私のことを責めようとしているじゃないですか。私の姉もそうやって頭がオカシイ大人たちに責められて、出口のない迷路をさまようことになったのです。私がどれだけ姉のことを正気にしようとしてもダメなのです。姉は帰ってきません。今ではすっかり病院の住人となってしまいました。姉のことも相談したくて村上さんのところにやって来たのに、あなたも気が狂った大人たちと同類なのかと思うと残念でなりません」
お姉さんは帰って来られないのですね
「そうです。姉は子どものころから毎日、母に責められ、辱められ、全責任を負わされて生きなければなりませんでした。姉が病院住まいになったことで、暇を持て余した母は、今度は私をおもちゃにしようとしました。村上さんも私のことをおもちゃにしようとしていますね?違いますか?」
違います
「じゃあ何なのですか」
私はFさんのお話をお伺いしたいだけです
「だ、か、ら~!私が話せるようになるには何が必要なの?」
信用です
「そうでしょう?同じ事を何度も言わせないの。あなたって、もしかしたら頭悪いんじゃないのかしら。一度脳神経外科にでもかかったらいいわ。まっ、元から頭オカシければどうしようもないけれど。ねえ、そう思わない?」
そうですね。Fさんのお話をしっかり伺えない私は頭がオカシイのかもしれませんね
「まっ!珍しい。あなた自分が頭オカシイって認めるの?私の姉のように認めるの?もう自分が一体何者でどこに向かっているのかわからず、普通の生活ができないということを認めるの?」
私は普通だと思っていますが、Fさんからご覧になって私が普通でないなら、私は普通ではないのかもしれません
「そうよ。あなたには普通で居られるという権利はないのよ。剥奪、いや搾取されるのよ」
搾取、ですか
「あなたには搾取されている自覚はないのかしら」
すみません、自覚はないです
「信用もない、搾取されているという自覚もない、ないないない。村上さんってカウンセラーとしてダメなんじゃないですか?そんなダメな人間が世の中に溢れているから、私の姉のような被害者が出るのよ。わかります?」
被害者、ですか
「そうよ、被害者でなかったらなんだっていうのよ。私の姉が被害者でなかったら一体何者だってあなたは言いたい訳?」
世界にひとりしかいないFさんのお姉さんです
「当たり前じゃないの、世界にひとりしかいないって。それがわかっていて、なぜ大人たちは無関心を装うのかしら。あなたたちのように他人に敬意を払わず、隣で困っている人がいても関心を払おうとはせず、嘘で築き上げられた虚構の世界で嘘まみれになっていることに気づかず、自分が人様に迷惑をかけているという認識もないままヘドをまき散らしながら生きている狂った大人たちが、姉のような生きる屍をつくり出すのよ。その自覚がないあなたたち大人が、この狂った世界をつくりだしているのよ。その自覚がないっていうの?」
・・・・
「答えて」
・・・・
「答えなさい」
私はFさんに関心があります
「だ、か、ら~!私はそういうことを言ってないの!!自覚はあるのかないのか聞いてるのよ」
もし私が、虚構の世界の住人なのであれば、私が言うことばがFさんにとって害にならないかと心配になりました
「あっ、そう。わかっているじゃない」
「あなたのこと、少しだけ信用して上げてもいいわ」
ありがとうございます。Fさんに信用していただけるなんて嬉しいです
「1ミリだけね。ふふふ」
・・・・
「さっ、1ミリ分だけ信用して上げるのだから、もっと私から信用されるように考えなさい」
信用・・・・
「そうよ、信用。あなたはカウンセラーという仕事を通じて人から信用を獲得しなければならない立場なのでしょう?それは言わばあなたの務めでありあなたが達成しなければならない課題なのではないかしら?」
はい、Fさんの仰る通りです
「ねっ、そうでしょう。あなたは意外と物わかりがいいのね。早く私の気持ちを軽くしてごらんなさい。あなたは心理カウンセラーなのだから人の心が手に取るようにわかるのでしょう?」
手に取るようにだなんてわかりません
「あらっ!?今何て言ったの?」
手に取るようにだなんてわかりませんと言いました
「えっ!?もう私の期待を裏切るっていうの?やっぱりあなたも頭がオカシイ大人なのね?」
Fさんが仰る「頭がオカシイ大人」とはどのような感じなのでしょうね
「ええっ!?ついさっき解説して上げたじゃないの?聞いてなかったの?」
すみません、私の受け取り方に間違いがあっては、それが原因でFさんに害を与えてしまうのではないかと私は怖れてしまって・・・・
「まぁ!あなたそれでもカウンセラーなの?本当にそれでも心理を扱うカウンセラーだって主張するの?」
・・・・
「答えて」
・・・・
「答えなさい!」
はい、心理カウンセラーという仕事をさせて頂いております
「まぁ!!あきれた!!あなた人が真剣に話している内容を聞けていないだなんて恥ずかしいったらないわ!あなた今すぐカウンセラーの看板外しなさい。クズよ!害でしかないわ!!」
申し訳ございません。重ねてお詫びいたします
「全然謝罪してるっていう気持ちが伝わってこないわ」
申し訳ございません
「ダメね」
・・・・
「そうね・・・・取りあえず、土下座でもしてみる?」
はっ、土下座、ですか
「そうよ。あなたは土下座して私に謝罪する勇気はあるのかしら?」
・・・・
「答えなさい」
・・・・
「答えて!!」
土下座は・・・・
「なに?できないとでも言うのかしら。できないのならできない理由を筋道立てて説明しなさい」
・・・・
「早く!」
私としては、Fさんのお気持ちを受け止めるために信用という目には見えないけれども、カウンセリングでは必須のあたたかい気持ちのようなものを獲得できるように努めていきたいです
「うんうん、それで?」
その過程において、カウンセラーである私はFさんが仰ることばのひとつひとつをできるだけ丁寧に慎重に取り扱う必要があると私なりに考えております
「ふんふん」
ですから、具体的に取り扱うということを説明するなら、言外のつまり、Fさんがまだ仰っていない、もしくはFさんも気づかれていないお気持ちもできるだけ受け止められるように努めていきたいのです
「はっ?何を言っているの?意味がわからないわ」
筋道を立てて考えてみますと、私がカウンセラーとしてFさんのお気持ちを受け止められるように努める上で注意しなければならないのは、Fさんが望まれている受け止め方ができるように探りながらFさんのお気持ちに向き合うことなのではないのかと思っております
・・・・
その向き合う際に、土下座をするという行為の必要性を私は感じません
・・・・
なぜなら今までのFさんと私との間で取り交わされました会話の中で、私が土下座をもって謝罪しなければならないという筋道はないように私は感じます。
「ダメね」
・・・・
「土下座しかありえないわ」
土下座しかありえないと私に要求されるのですね
「そうよ。今すぐやりなさい」
・・・・
「やりなさい!!」
・・・・
約5分の沈黙。両者は見つめ合ったまま。
「・・・・早くやるのよ」
Fさん、顔色が優れないように見受けられますが、ご気分やお身体の調子に変化はございませんか?
「うるさい」
もし、体調が優れないようでしたらカウンセリングを中断いたしますが
「うるさい、そんなことで中断してたまるものですか」
カウンセリングでは、クライエント様の体調を第一に優先いたします。無理をしてまでも続行する必要はありません
「嫌よ。絶対に止めないわ。だって、やっと見つけたんだもの私のおもちゃ」
おもちゃ、ですか
「そうよ、あなたは私のおもちゃ。なんでも言うことを聞き入れてくれる私の所有物。決定権は私にあるわ」
私はFさんの所有物ではありません
「なにバカなこと言ってるのよ。やっぱり気が狂ったのね」
私はFさんがご自分の力で胸に秘められた積年の思いをお話いただけるように、いつも変わらずカウンセリングを通じてFさんの仰ることばのひとつひとつを受け止めていく者です。言わばFさんと私は対等な立場であると私は考えています
「そんなこと許さないわ。黙って私の言うことを聞きなさい」
Fさん、今日は終了にしましょう。また体調が整われましたら後日お伺いさせていただきます
「嫌よ」
Fさん、顔色が真っ青です。深呼吸をしてみましょう
「嫌よ!!」
・・・・
「・・・・」
・・・・
「・・・・わかったわよ・・・・お願いだから、私のこと見捨てないで・・・・」
私は、あなたを見捨てたりしません。さっ、深呼吸してみましょう。鼻から息を吸ってゆっくり口からふーっと吐き出して
「フーーーッ」
数回繰り返し落ちついたF。床に向けられていた目線をおもむろに上げた。
「・・・・あれはクリスマスだった・・・・私と母と妹3人で街を歩いていた・・・・周りはイルミネーションが綺麗で、通り過ぎていく人やレストランに見える家族みんなで食事している人たち、お洋服を楽しそうに眺めているカップルが、妙に不自然に見えた。母はまったく喋らず黙々と歩いている。私はまだ幼い妹の手を引いて、母に置いていかれないようにがんばって少し小走りになりながら付いていっていた。もちろん私たちにクリスマス・プレゼントはない。次の日学校でクラスメイトが喜々として嬉しそうにもらったプレゼントについて話す顔が目に浮かび、憎くてたまらなかった。悔しかった。なぜ、私はこの親、この母親を選んで生まれてきてしまったのだろう、と。自分という生命を呪った。いたぶり八つ裂きにして火あぶりにしてもまだ足りない。自分を殺したかった。憎くて憎くて腹の底から憎悪がこみ上げてくる。この畜生から生まれてしまった私はなんだ?このクソまみれで生きる価値のない世界になぜ産み落としたのかと千枚通しで目を刺し目玉をくりぬきたかった。もし許されるのなら母を細切れに刻んでブタに食わせたかった。この女は重罪を犯している。罪のない我々姉妹を弄び人権を無視した苛烈ないじめを日々繰り返している。我々の命を蹂躙し生きるというエネルギーを奪い我が物としている。私たちは奴のおもちゃか?私はなんだ?妹はなんだ?お前にとって子どもってなんだ?毎日自分の欲求を満たすための使い捨ての道具なのか?自分が満足できればそれでいいのか?お前はなんだ?それでも親か?もし、その親という偽りの仮面を被りたいというなら、まず我々子どもの意志を尊重しろよ。変態じみて狂ったお前の思考を円滑にさせるためのオイルではないのだ。なぜ、私を生んだのだ。お前のせいで私は他人とコミュニケーションできない人間に成り下がってしまった。そうだ、私はお前と同じ畜生だ。鬼畜なのだ。・・・・こんな風に中学生のころから思っていたわ。だからかな、誰も私という存在に興味をもたなかったし、担任も見放した。私の唯一の楽しみは勉強だった。ただ、私がいつも優秀な成績を収めても母はまったく興味を示さなかった。ただひたすら自分の快楽に浸り子どもを召し使いのように扱った。私たち姉妹に意志をもつことは許されなかった。母と話す、ということが成立しなかった。だから、先に妹が自分の感情を放棄した。それで自分が誰であるのかさえわからなくなってしまった。それ以来私は毎日怖ろしくて怖ろしくて部屋に引きこもるようになった。誰とも話さなかった。いや、話せなかった。誰かが私の心に侵入してくるのではないかと恐怖におののいていた。そんな十代を過ごしていたら生理が止まってしまい、やせ細り思考できなくなってしまった。そんな私を見かねた叔母が私を引き取ってくれた」
あっ、妹さんのお話だったのですね
「・・・・そう・・・・妹は私で妹は私。私は姉でもあり妹は姉でもあるの。・・・・去年、妹は自殺したわ。母は何も言わなかった。私は・・・・私のなかにある感情というものが、引き千切れるのを感じた。何も感じない・・・・まるで自分の魂が抜け出てしまって上から自分を俯瞰しているよう・・・・“自分”というモノがまるで割れた花瓶のように感じる。接着剤で修復はしたの。でも、何カ所か欠けた破片が見つからない・・・・だから、その開いた穴から、命という水がジョボジョボ溢れている。私という入れ物は機能しなくなったの。もうどこを探しても見つからない。私というよくわからない物体は妹が死んだことで機能しなくなって、まるで時計の短針がなくなって時間を知ることができなくなったような、何の目的をもってこの世に存在しているのか、たださまよい息をして汚物を吐き出してこの世に何の利益も生み出すことができない、そんな存在に成り下がってしまった・・・・私たち姉妹がこのように朽ち果ててしまったのも、すべて、あの有害指定を受けているにもかかわらず今も、今のこの瞬間も私たちの痛みを微塵も感じていない、もう過去の遺物としての記憶としてすら認知していない、あの悪魔のせいなのよ。私たちの慟哭はあの女には届かない。届くはずもない。なぜなら私たちという存在はあの悪女にとって最初から無かったものだから。だからおもちゃとして扱える訳であり自分の子どもという認識はなく、まるで鉛筆を削るように我々を辱め、生じたカスを払うように貶め、適当に使っていらなくなったからそのまま放置してあのメス豚の脳内には我々という存在は跡形もなく流れて消え失せたのよ」
Fさんは、ご自分がまるで花瓶のように感じられるのですね
「そう、私は花瓶・・・・綺麗なのよ・・・・お花が私は好きだわ。いつかその使命を果たしたら始末されるのだから。私はただ生きることも死ぬことも許されない無用の花瓶。誰も私という存在に気づきもしない。だってそうよね。お家のなかをいくら整理整頓していたとしても普段使わないものに常に意識を向かわせるほど人はヒマじゃないでしょう。私には生きるということが無間地獄そのもののように感じられてならないわ」
使命、ですか
「そうよ使命。村上さんにもあるでしょ使命。あなたの使命はなに?クライエントを救うことかしら?そんな聖人君子のような人物なのあなたは」
いえ、私は普通の人間です。不完全な存在であるとも言えます
「へぇ、おもしろいことを仰るじゃない。不完全な存在ね・・・・そんな風にクライエントに言って、“あなたと私は対等”みたいな感じでダマすのでしょう?そうやって相手を気持ちよくさせてカウンセリングするんだ」
騙すなんてことはありません。ただ私はクライエント様がご自分のことを話したいように話していただき、ご自分がもっていらっしゃる価値観を再確認していただき、現状にもし不満足なのであれば、クライエント様と私の2人で一緒に、どうすれば満足できるのかということについて考え話すことを大事にするカウンセリングという時間を使っていただいております
「聞こえはいいわよね。それで果たしてよくなるのかしら?」
わかりません
「わからない?ほら!やっぱりあなた人をダマしてるじゃないの!!」
人のこころはわかりません。もし私が聖人君子ならわかるかもしれない、「よくなりますよ」って断言できるかもしれません。しかし私はただの人間です。欠けていることが多い不完全なひとりの人間です。だから、不完全な者同士が、力を合わせて歩み助け合いながら進んでいくことによって、その先に両者がまだ見たこともない「成りたい自分」という未来が待っているのだと思います
「そんなの理想論よ。机上の空論。バカらしいわ」
私が今、Fさんにお伝えしたことは私の考えであって理想論だったり机上の空論だったりと、バカらしく感じられることがFさんの自由に感じるという権利であるように私は感じます
「自由?権利?そんなものはないわ。そんなものは幻想でしかないわ。搾取する側と搾取される側のどちらかでしかないのよこの世は」
搾取する、されるですか・・・・今日2回目ですね搾取ということばをお使いになって表現されるのは
「そうよ、搾取以外にこの世の中を成立させる理はないわ」
理、ですか
「そうよ理・・・・人生なんて何の喜びもないし奪うか奪われるかのどちらかでしかない。強者は富み、弱者は惨めに死に絶えていくのよ。私たちには搾取されるという道しかない。絶望するしかないのよ」
絶望するしか選択肢はないとFさんはお感じなのですね
「そうよ!だから言ってるじゃない!!あの女が私の人生を潰したって!!」
ここまでお話されてみてお気持ちはいかがですか?Fさん、大丈夫ですか
「絶望よ。私はこの世にもあの女にも絶望していることを再認識したわ」
Fさんは、今、絶望されているとこころからお感じなのですね・・・・
「・・・・」
お疲れではないですか?大丈夫ですか
「・・・・」
ふーっとひとつため息を吐き出したF。いつの間にか熟れたマンゴーのような瞳は退き、ほのかな光が瞳に灯されているように見受けられる。37秒くらいの間がありFが再び話始めた。
「こんなに自分について話したのは初めてです。ありがとうございます、村上さん。数々の暴言お許しください。カウンセリングって不思議ね。自分でも思っていなかった、よくわからない気持ちが出てきて自分でも驚いているわ。だけど改めて自分が普段考えていることだったり感じていることだったりを、あなたに話せてよかった。あなたってタフなのね。私には自由という権利があるのかもしれないって少し思えたわ」
どれくらいですか?
「そうね、1ミリくらいかしら」